雲と私情

創作品

命月

希望の希の字が命に見えた。

 

 

何時もの事では有るが、此度は取り立てて仕事で忙しく、暫く筆を執れなかった。執る機会を捨てていた。如何にも俺には課題が多い様で、人格の形成は未だ成らずに居る。

そろそろ羽化の季節だが、俺には未だに羽が生える兆しが無い。わかりやすく言うなれば、大人に成れる兆しが無い。

陳腐だが、羽化と言うのは的を射た喩えだと思わないか?

いや、的と言うか、これは最早ブルズアイだろう。大人に成るとは自由な尺度を得る事だと言えるし、それは普遍的真実で有るが、羽でも生えて来ない限りは自由な尺度等、われわれには持ち得ない。われわれは所詮、二足歩行のけだものに過ぎない。

 

渡された筆を執って何を描いたのだろう?

文学フリマに出るのに、作品を書いた。出る為に、ではなく、出るのに、で有る。俺は作品の事を子供だとか切身の様に思える程に傲慢では無いし、作品と並行する積もりも無い。しかし良い機会だと思った。一年は真面に筆を執らなかった俺が、どの程度、腕を鈍らせているのか見てみたかったから。

曲がりなりにも俺はこの一年苦労をした訳で、それなりに良いパースペクティブを得る事は出来ていた。自賛では有るが、以前よりも技量を増したと言って良い。と言うか、以前の俺が怠け過ぎていた。鈍る余地など無い位に怠け、甘え切っていた。だから小説等書けた試しが無かったし、ただの詩書きで有った。

俺は大人に成ったのではなく、ただ甘えの形状や寸法を覚えたのである。この作品もそうで有って、主人公が大人に成る話では無く、自分の甘えを理解して行く話に過ぎない。そして彼の甘えは、全て「彼女」に向かう様にしている。要は女に甘えているのである。だから心中する作家の如く流されるままだし、だから俺は彼に対して乳飲み子と言う表現を使った。俺は現代人が求めているオリジナル性と言う幻想を否定したくて、意図的に主人公像を練り上げた訳である。彼の根拠とする所は全て彼女で有り、彼自身には何ら根拠が無い。

 

と、未発表の作品について語ったが、そも未だ発表されていないのは如何してか?

文学フリマを欠席したからで有る。個人としてではなく、サークルで、だ。俺は直前まで出る積もりでいたが、メンバーには間に合わせる意志が無かった。そも開催される気ですらいなかった様である。俺は散々書けと言ったが無意味であった。まぁ、ぶん殴りに行ってまで書かせる意志は俺にも無かったし、どうしようも無かったのだろう。沸々と怒りは感じるが、どうにも出来ないのならば仕方が無い。俺のこれは間違い無く敵意だし批難だし軽蔑だが、だから消えろ、とは成らないし、思わない。取り立てて進んで取られる行動も俺には無い。俺が彼らから機会を頂いたのには変わりがなく、それが無に帰したのはただの裏目に過ぎない。運の風向きとか縁の結びが悪かったのだと思う。許せない事がまた一つ増えただけで。

 

こうも人々個々人に恨み辛みの念を向けられる様になったのには、居る環境の過酷さや馬鹿らしさが起因している。自分にも非があるとわかっていても、それが50%を切っていたら切って捨てる。俺は悪く無いし、環境が悪いと浸々と思う。けれども反論は直ぐに浮かぶ。俺も全霊では無かっただろう、と。それは仕事でもそうだし、生活でもそうだし、創作活動でもそうだ。アルコール分40.5度のウイスキーは舐めるだけでも辛いのに、自分の非は直ぐに認めない。

確かに此度、俺は作品に対し、僅かながらも妥協をしていた。終劇までの段取りを、些か圧縮し過ぎて勢いを寧ろ殺していた。勢いを生かす為の語彙を探すには、時間も器量も不足していた。それでも出すのが大事だと思った。あろう事か俺は、作品よりも人生を優先していた。つまり俺は、質の差はあれど、創作の上では、書けなかった彼らと同類で有る。これで出すと決めたその判断さえも、結局出せなかったのなら意味が無い。

 

此度の創作は心の穴を何か埋める機会に成ると思っていたが、そう上手くは行かない様だ。俺は大人には程遠い、チェイサー無しではウイスキーも飲めない。もうすぐ夏が来るし、つまりは命月が来る。それに何の意味も見出せない。俺はまだアニマを振り切れていない。

 

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さて、本当の俺は何処に居るのだろう?