雲と私情

創作品

月に芍薬

 

何も見えないまま日が落ちて

何も言えないまま月が差す

僕ら暗い夜に立てなくて

何もわからぬまま夏が来る


どこにも行かないよって、ねぇ

踵を動かさないで

ここには居ないんだろ、なぁ

その爪先すら浮かないで

聞こえない足音を覗いてあの春を思い出す


街灯、陸橋下、駅、剥げたアスファルトと信号機

ぼやけて見えていた僕の、擦れたレンズにだって

雨降る道の竹林に、晴るる靴に泥の跳ねた跡

今は全部、全部が確かに見えるんだ


君の泣いた目に僕が掠れても

意味のない言葉ばかりが浮かんでも

夜を流れて往く嘘に

毒を飲んだって君を見ているから

きっと見えてるから

 


くだらないよ

 

何がしたいんだろって、さぁ

まだ俯いてる僕がいて

何が痛いんだろって、ほら

また心の中覗き見て

触れない昨日ばかりのさ

この日々が本当詰まらなくて


祭りの夕も外套も春に芽吹く花の淡い色も

ぼやけてばっかの景色だ、冷めたレンズになって

バス停裏の坂道に、跳ねた水の音に止めた息

今じゃ全部、全部が盲いて見えないんだ


君に凪いだ風、声も出せなくて

意味のない言葉で溜め息を誤魔化して

僕をなぞっている詩に

毒を飲んだって君は見えないから

ずっと一人なんだから

 

 

なんにもわかんないだろ

形のないものが大事だとか

見えないものはわかんねえよ

言葉足らずの僕に価値はねえよ

何も知らない振りをしてまた人を嫌って行くんだろ

まるで毒を飲むように

付ける薬もないように


君の泣いた目に僕が掠れても

意味のない言葉ばかりが浮かんでも

夜の中に咲く花に

息を飲んだって君を見ているから

きっと見えてるから


きっとわかるから、ずっと知ってたから

 


バス停裏の坂道に、跳ねた水の音に止めた息

淡い月の夜に毒を飲む

僕は花を嗅いでいる